2ヶ月ぶりに会った友人に、「モラルハラスメント」という言葉を教わった。
彼女自身がそのハラスメントで辛い結婚生活を過ごし、精神的に病んで家を飛び出した。
夫のモラルにそぐわないと、暴言をはかれ、本人やその親の人格を否定されて、精神的苦痛を受ける。かいつまむとそんなことらしい。
私の結婚生活も当初からそうだったなぁと思う。いつか離婚しようと心に秘めながら、収入源を得ようと頑張ったのが7年、夫の国で賭けのつもりでくらすこと3年半。思いがけず、夫の攻撃対象は私とはならず、平穏で心底、幸せだった。
でも、そんな幸せは嘘だという客観的な気持ちもあったけど、それでも、優しかった夫に感謝する気持ちは、日本に戻ってからは離婚ではなく、日本でこそいい関係を築こうという原動力になってきた。
しかし、毎日のように仕事や娘のことで小言を言われるのは辛い。私が以前味わったように、成長した娘もビクビクしている。
娘をもつ父親の性なのだろう。心配のあまり、娘を信用せず、悪いほうへと想像が進み、病的になっている。
娘の心を傷つけ、そして娘がこのように成長したのは全て私のせいだと攻撃をする。娘の言動全てに、反応し、悪い予兆を探そうとする。
私が最初の7年間、娘との幸せな時間と並行して、辛く悲しい年月を過ごしたのは、離婚する勇気がなかったからなのか、それとも、強かったからなのか。
今、再び苦しむのは、15年も過ごしたのに、ちっとも幸せになっていない夫に対する申し訳ない気持ちが、夫を一人おいて行くことを躊躇させることだ。
幸せの基準が、経済的に仕事で成功し、娘や私が自分の思うようになることらしい夫と、経済的に苦しい時でも笑顔で乗り越えようとする私では根本的に異なる。
私が笑顔でいると、何も考えてない馬鹿だと罵られる。
私が充実して明るい時、夫は暗く塞いでいる。
私のわがままだろうか、夫にとっての私の欠点を受け入れて欲しいと思うのは。
娘同様、夫と離れて暮らしたいと思うのは私の冷たさなのか。
「娘がこのままなら、二人で実家に戻るなり家を出てけ」という夫の言葉に、喜びを感じてしまうのは、間違っているのか。
来年の春まで待つように喧嘩のたびに夫には言っているが、離れるという気持ちが本気なのか、私は心配をする。夫が本気なら、喜んで別離するのに。
そのほうが3人にとっていいかもしれないと思うのは、夫か言うように私が馬鹿な母親だからなのだろうか。
夫が突然現れておこりだすことを気兼ねしないで、娘と心置きなくおしゃべりできる生活を夢みつつ、それでも心のすみで、孤独な夫がかわいそうだと思う。
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