2011年4月16日土曜日

ジョニーとゴキブリを求めて

 2年ほど前から時々五木寛之書籍を読むようになって、

それらはここ10年以内に書かれたものだったのだが、最近

彼の40歳前後に書かれたを読むと、これが本当に同じ著者

によって書かれたものなのか、同姓同名の別人ではないかと、

本の表紙やら裏表紙の中織りになっている部分に印刷された

著者紹介」を何度も何度も見直してしまった。


 仏教、特に親鸞に通じ、彼の人間の生き方

について語る老成した五木寛之が、40年ほど前には若者らしい

軽さが感じ取れるエッセーを書いている。


 子供時代の苦労を考えれば、きっと精神的な苦しみを抑えて、

かなりその時代の「若者らしく」振舞って生きてきたのだろうと

勝手に考えた。


 仏教についてもほとんど触れてはいない。

ただ、30代の終わりに永平寺に「ぶたれに行った」ことだけが

彼と仏教をつなげる情報だ。


 そんな、いわゆる「若者らしい」五木寛之が、最近の著書に

見られるような人物に変わっていった過程を、同じ人間として

どうしても知ってみたいと思い、まずは、

 「海を見ていたジョニー」と「ゴキブリを求めて」という若いころの

作品を読んでみたいと思うようになった。


 しかし、近くの本屋や古本屋には見つかりそうもなく(実際、

古本屋にはなかった)、それなら、市立図書館に行ってみようと、

久しぶりに一人きりになった休日に、自転車に乗ってでかけたのだった。


 近所の図書館分室や隣接する市の分館には、以前、一度だけ

足を運んだことがあったが、そこのなんと乏しい蔵書だったことか、

心底がっかりしてそれっきり行かなかったのだが、今日、2年前に

引っ越して以来、初めて訪れた本館は、美しく清潔で、蔵書もそれな

りにはあるようだった。

   
 意外だったのは、分室は蔵書は乏しく、しかもボロボロの本ばかり

だったのに対し、本館は最新設備か整えられていたことだ。


 本の貸し出しも返却もすべて自分でやる。貸し出し台に借りたい

本を積み重ねて置き、自分の図書カードを機械に差し入れる。

そして、目の前にあるPCのタッチパネルに、借りる冊数を入力し

「次へ」と押すと、一瞬で積み重ねた本のタイトルが表示される。

私は10冊の本を借りたが、間違えなく10冊のタイトルが表示されて

そして機械から戻ってきたカードにも、タイトルが印字されていた。


 図書館員の説明を受けたときは、せいぜい自分で一冊ずつ

バーコードをピッピと読み込むのだろうと一瞬思ったのだが、

(なにしり私は毎日レジでピッピとやってますので、、、。)

なんとなんと、進化してしまったことか。


 しかも、目的だったジョニーとゴキブリの本は見つけていなかった

ものだから、改めて本の検索をしてみると、書庫にあることが

判明。一度に借りられる本は10冊までだから、借りたばかりの

本を2冊返さねばならなくなった。


 で、別の五木寛之の本と、彼や遠藤周作の本に登場して、

いったいどんな人なんだろうと思って借りた佐藤愛子の本を

返却することに。


 返却は返却ボックスに入れるだけなのだが、それだけでは

データから2冊分消去されないと心配して、再び図書館員に

たずねると、なんとなんと、ボックスに入れるだけで、データは

更新されるという。


 半信半疑で、2冊をドカッと入れると、確かにコンピューター音

のような反応があり、本が箱の中へと落ちていくその一瞬で

本の情報が読み込まれているのだった。


 書庫から出してきてもらった2冊を、再び貸し出し台に

おいてカードを差し込むと、ちゃーんと返却した2冊のデータは

消えて、「あと2冊借りられます。」なんて親切な表示まで

出ていた。


 こんなにすごーいシステムがあるのなら、どうかどうか、

他のいくつかの分館やら分室の蔵書と環境を整えてくださいまし。

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