2011年7月15日金曜日

アドレス変更通知:小島幸子

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2011年7月12日火曜日

思わぬプレゼント

受験生のはずなのに今を楽しむことしか考えない娘と衝突してばかり。

あぁ、つかれた、人生に疲れた、、、と一人静かに嘆いていると、

「お母さん、ポテト作ったから食べて。」と、わざわざ私の篭り部屋まで持ってきてくれた。

ちょっと元気が出た

2011年5月21日土曜日

父と娘 4

長い喫茶店での時間つぶしが終わり、娘が帰る時間に帰宅する。

夫が昼寝してますようにと祈りながら、そっと鍵を差し込む。

カチリ

そぉっとドアを開けると

キィっとかすかな音を立てる。

「ただいま」

と、夫が起きていたら辛うじて聞こえるように、寝ているなら目覚めないほどの声で言って、玄関に滑り込む。

部屋から音がする。

起きているのか。

トラブルにならないよう、もう一度、「ただいま」という。

「おかえり。」

夫が出てきて

「泥棒みたいだね。」

寝ていたところに不審な音で目がさめてしまったようだ。

でも買い物袋をもって運んでくれた。(そういう気づかいはよく出来る夫なのでのだ。)

良かった。機嫌は悪くない。

娘の部屋で話しをする。
早く「前略」から退会するようにと。

娘は早速始めたが、パスワードを忘れたとうまくいかない。

そのうち、悲しくなって泣きはじめた。何十分も。

そして、近くにあった食器をガラス窓に投げつけた。

チャリン

割れた。

今度は、香水の瓶

ガチン

ひびが入ったようだ。

幸い窓ガラスは無事だ。

「物を投げたい時は、考えて投げるんだよ。窓が割れたら大変だからね。」

と、現実的なアドバイスをする。


「何の音?」

と父親が不機嫌に入ってきた。

「悲しくて物を投げただけだよ。」

「何で泣いているの」

怒った声で繰り返す夫に、
泣くぐらい自由にさせてあげればいいのに

と思う。


夫がはじけた。

「あのプロフィール、何で昨日、削除しなかったの。」

許さないよ。

パスワードが分からなくてできないという言い訳に、父親は激怒する。

「そんなはずはないでしょ。出来ないわけないでしょ。」

「パイクが欲しいなんて書いてあって、誰に貰うつもりなの。」

次々に大声でたたみかける。

私が口を挟む。

バイクが欲しいのは、そういう気持ちがあるから。気軽に書いているだけ。危険だから大人になるまでダメだよと話してるけど、そういう気持ちを書くのはいいでしょ。

「だまれ。何もわかってない馬鹿。」

「それに、またミクシィやったら許さないよ。やらないって昨日は言ったのに、プロフィール(前略)には『ミクシィ退会します。またいつかやります。』なんて書いて、なんで親を騙すの。」

「それは挨拶がわりだって。本気じゃないよ。」

「だまれ」

「一年後かもしれないし10年後かもしれないし、今はもうやらないよ。」

と娘。

「じゃなんですぐにプロフィールやめないの。できないなら、最低限、コメントを消せばいいでしょ。何で昨日、消さなかったの。」
そこまで頭は回らなかったんだけど。大したこと書いてないし。

それでも大騒ぎをする父親に、早速、消すことを約束する。

でもまだ続く。

「二度とSMSに入ってはいけない。」

「今度ばれたら、どうなるかわかるか?

縛って、足も縛って、そして、、、」

父親は部屋を出ていくと、ウィンウィン機械音の出る何かをもってきた。

「怖いよ。足をかくさなきゃ。」

娘同様、私も恐ろしく自分の足に戦慄が走る。

「大丈夫。落ち着いて。」娘に声をかける。

どうか精神的なショックを与えるようなことをしませんようにと祈りながら。

機械音を響かせながら部屋に入ってきた父親の手には、バリカン。

「これで、、、これで、髪の毛を全部、剃ってしまうからな。

外に出られなくてもいい。
学校に行けなかったら行かなくていい!」

「わかったな。脅しじゃないよ。脅しなら本当にはやらないけど、脅しじゃないから。本当にやるから。」

父親がしばらくして外出した。週末、友人と会いに行ってしまうことが私達のホッとする一時だ。

せっかくだから家でテレビでも見るかと娘に提案するが、やはり気分転換に外出したいというので、当初の約束通り夕飯も外でとることに。

私の気持ちは固まってきた。
二人で家を出よう。

「二人で暮らして、好きなことやればいいでしょ。」
とさっき父親も喚いていた。

そうするよ、本当に。

娘だって、父親が想像してるほど酷いことするわけじゃないんだから。

ただ、落ち着ける、リラックスできる家が欲しいんだと娘はいう。


二人で不動産を訪ねた。狭くてもいいから安い物件を紹介してもらう。

日曜日に物件を3件見せてもらうことになった。

夕飯はサイゼリア。ハンバーグが食べたいという娘と、久しぶりに外食。

こんなにゆったりとした気持ちで食事をするのは本当に久しぶり。

帰りに、レンタルビデオショップで『告白』を借りる。

帰宅しても父親がいなかったので最後までみる。

いつの間に、こんな複雑なストーリーを娘は理解できるようになったんだろうと、当たり前のことかもしれないけど感慨深い。2年前なら、訳がわからないと、すぐに飽きてしまったことだろう。

父親はまだ帰って来ない。バスの時間は終わってるから、朝帰りかな。父親も帰り辛いのだろうか。

本当はものすごく寂しがりやだから。

2011年5月20日金曜日

父親と娘 3

冷静に話せば、とても論理的に相手を説得させる話術をもつ夫が、相手が自分の意思道りにならないと、すぐに激怒して相手の人間まで否定し、さらに脅迫めいた言葉を容赦なく投げつける性格をもつのは、いったい何が原因なのだろう。

4人兄弟の長男に生まれた夫は、兄弟喧嘩が起きるたびに、彼が原因でなくとも、両親に怒られていたという。

母親に叩かれ、父親にはムチやベルトで叩かれた。

外で喧嘩をしてやられて帰ってくると、母親に容赦なく何十分も叩かれる。

帰宅した父親が何事かと尋ね、母親が喧嘩をしてきたことを知らせると、今度は父親がムチやベルトで30分でも40分でも叩く。

しばらく前に、涙をこぼしそうになりながら、娘と私の前で夫はそう語った。

夫の父親は長男である夫に厳しく、家族で車にのっていて後ろの座席で兄弟喧嘩が始まると、容赦なく運転席から片手を後部座席へ向けて、平手打ちをする。叩かれるのはいつも真ん中に座っている夫だった。

窓側を常に弟と妹に占拠され、決して窓側が良いと我が儘を言えなかった夫は常に長男だからという理由で我慢を強いられてきたのだ。たとえ自分が悪くなくても叩かれることになっても。

父親は夫が20歳前後の頃に交通事故で亡くなった。

父親が厳しかったから、自分は悪い道に入らなくて済んだという。

中学、高校時代も暗くなる前に帰宅することを要求された。守らなくてはムチやらで叩かれるのだから、怖くて堪らないだろう。

親に従うのは子供の勤め。確かにそうだ。でも、子供の人権はどうなる。

子供の人権なんて話しをしたら、夫は鼻でフンと笑うだろう。

そんなことを言ってるから、日本の子供はおかしくなってるんだと。

でも理不尽な言動は、相手からの信頼を失う。


「私が泣いているのは、お金がないからでも仕事がうまくいかないからではない。自分の夫の性格に泣いてるんだ。」

と、仕事が進まず罵られ、「お前が私の人生を壊した」という言葉を投げつけられ口論の末に言ったことがある。

何でも人のせいにしてしまうのも夫の困った性格だ。
親から理不尽に叩かれ育ったのだから、何とか自分には責任がないことにしようとしてしまうのだろう。

昨夜、娘もつぶやいていた。

「私も悪いけど、父親がこんな性格だということが恥ずかしいと。」

部屋を、タンスを、衣類のポケットを探られ携帯もロックをかけ忘れるとチェックされる。

ミクシィを読まれ(日本語が読めないので、自動音声読み上げソフトを使ったらしい。)、娘の、入ってはいけない領域に踏み込む。
賛否両論あるだろうけど、私は親は娘の全てを知らなくて良いと思う。全く見てみないふりをするというわけではなく、悪い道へ入らないよう、親子の信頼感を深めながら助言をしていく。

娘の父親は必死になりすぎて、想像も相まって苦しみ、憎しみさえ抱いているようにみえる。少なくとも娘はそう思っている。

一度裏切られたと思ってたら、決して許さないのが娘の父親だ。

これからも毎日のように娘の一挙一動に神経質に怒りを投げつけ続けるだろう。
心まで傷つけられながら、娘は父親と一緒に生活するべきか。

ビクビクしながら我慢をすることも大切だろう。でも、それこそ父親が心配するような行動を娘は起こしてしまうのではないだろうか。

家出

こんなことを書いていたら、
「anatano musumeno profile」

というタイトルのメールが届いた。不審に思いよくよく見ると夫からだ。

そして案の定、娘の「前略」というサイトのプロフィールへのURLが本文に張り付けられていた。

昨夜、そのサイトも消すように、夫が娘に言ったのだ。
ミクシィを突然消したことを伝えなかったのだろう、そのことも簡単にかいてある。

「やりたいこと」欄には「バイクに乗りたい」とある。
それはしばしば娘が私に言っていることだ。もちろん、バイク事故で死んだ知り合いの話しをして、大人になるまでは乗ってはいけないと何度も話してきた。

でも乗りたいのだから、書いたっていいと思う。

他には心配するようなことは書いていない。

でも昨日のうちに消さなかったことで、今夜も夫の逆鱗に触れることになるだろう。

夫は安定剤を飲んでくれるだるうか。一昨日はひとしきり激怒した後に、

「薬の時間だ」とつぶやいて飲みにたった。娘にツパを吐きかけながら。

その前は、「薬を飲んだから良かったけど、もし飲んでなかったら、どうなってたか分からないぞ」と、激怒して娘に言ったという。

自分の病気さえも娘のせいにして脅迫している。

「私は戦争に行って、敵のところから無事に帰ってきたんだ。怖いものはない。なんでもできる。ミクシィをまた開設しても、すぐに分かるからな。なめるんじゃないよ。これが最後だ。次に何かあったらどうなるか知らないぞ。」

単なる脅迫ではない。

夫の性格から、なにをするか分からない。

心配性で厳しい私の両親に電話して、どんなに娘と妻が酷いかと、一期にしゃべり尽くすかもしれないし(そして両親の怒りと心配で、娘はさらに傷つくことになるだろう。)、あるいは娘を徹底的に叩きのめし、暴言を吐き、深い心の傷をつけるかもしれない。

あるいは、学校に電話するなり乗り込んでいって、娘のことを大声で歎いて騒ぐかもしれない。

あるいは、近所中に聞こえるように、日本の教育は変だ、馬鹿だと喚き散らすかもしれない。

私も心配しすぎかと思うけど、夫ならやりそうだ。

彼は常に被害者なのだから。

かわいそうに。

でも、私は娘と二人で、逃げたい。

夫も出ていっていいというんだから。

父と娘 2

翌朝(昨日)、娘と一緒に目を覚ます。

学校には行けないと言う娘。

父親の剣幕に前夜ミクシィを退会した娘は、放心したままだ。

学校の先生や地域の親達にもチェックされる心配がないと思っていたミクシィは、唯一率直につぶやけ、寂しいときには、仲間(遊び仲間だ)が励ましてくれる、安心感のある心のよりどころだったようだ。

父親と娘を二人きりにしておくと、いつまでも根にもつ父親が再び暴れるかもしれないので、私も仕事を休む。

娘の部屋で二人、ぽつぽつと話したり本を読んだりしながら一日を過ごす。

食事は3人で無言でさっさと済ませる。

「明日は学校に行くように」と進めるが気の進まない娘。でも帰って来たら、一緒に外出する約束をすると、行く気になる。

混乱の中うっかりしていたが、翌日は中間テストではないか。

今朝、シャワーを浴びると、娘は登校して行った。

私も出勤の準備で洗面所で化粧をする。

と、夫が起きてきた。出勤間際に夫と顔を合わせるとロクなことがない。

口論で化粧がグチャグチャになり、遅刻してしまったことも何度かある。

今朝も、言いたいことがあったのだ。

「帰ってきたら、二度とミクシィに登録しないようにするんだ。」

いきなり怒鳴っている。

「二度と登録しないよ。でもミクシィをすることは問題じゃない。」

「信じてる。信じてるって、結局全部、私の言う通りになってるじゃないか。」
私は何度でも娘に話す。やってはいけないことはやらないようにと。夫が思っているほど娘はひどい人間ではない。ミクシィのことではない。色んなことだ。

人間はいくら怒鳴られても叩かれても、すぐには変われない。ましてや、変わる気がなければなおさらだ。

私は甘いと思う。

でも、娘に寄り添いたいのだ。

「ベルトで殴ろうとしたり唾を吐きかけたり、『こんな子供になるなら、子供なんか産まなきゃよかった。』なんて言うのは、自信を失わせてしまうよ。現に『生まれてきて悪かった。』って言うんだから。」

「いいんだ、もう。私はやることはやった。」

「お金ができたら二人で出ていくから、それまで落ち着いてて。」

涙を堪えて家をでる。ドアを閉めた瞬間、カチリと鍵が閉められた。

涙が出る。声を出して泣きそうになる。

私は弱い。自転車を漕ぎながら、途中で進路を変えた。

開店してないお店の前で、職場に電話をしようと試みる。

嗚咽がでてしまう。

遅刻していこうか休みを貰おうか。

ダメだ。

涙がでる。

電話がつながり、泣き声にならないよう、必死に用件を伝える。

声がつまる。

電話を切った。

私は弱い。

娘は登校したのに、私は休むことにした。

涙を押さえながら、仕事帰りにたびたび店に寄ってくれる店員さんがいるドトールに入る。

彼女もいた。知っている人がいるというのも悪くない。

もう二時間はいる。

途中、コーヒーがおわり、紅茶を頼んで笑われた。

心の整頓をしなければ
私はドトールを出て行けない。夫のいる家には帰れないのだから。

4時半に娘が帰ってくるから、それまで時間を外で潰さなければ。

父と娘 1

父親が立ち上がり、叫びながら勢いよく押し入れを開けると、
自分の上着を取り出して、泣き叫ぶ娘をばしばし叩く。
さらに興奮して、押し入れの中を漁ると、ジーンズの革ベルトを外して振り上げる。

私はベルトの端をしっかり掴むと、手に少しずつ巻いて引き寄せた。

そんなことをしてはいけない。物で叩いてはいけない。叩かれる方も叩く方も、心が傷つく。

どなり叩いて一段落すると、父親は台所へ行こうとする。

恐ろしさに泣き震える娘が座り込んでいてドアが開かない。

父親は、「ゴミ、クズ」と何度も繰り返しながら、娘を蹴飛ばし、さらに、唾を娘にはきかけた。

ぺっ!

叫びながら、

ペっ!

ぺっ!


やるべきことをやったと、後で父親は言う。

やってはいけないことをやったと私は言う。


一昨日の夜の出来事だ。

2011年5月16日月曜日

五木寛之

こんなに面白い本たちが、人目に触れられずに、図書館の書庫に眠っている。

私が借りる前、いつ、誰が手にしたのだろう。

どれも古び閉じられた本の紙が重なる側面は黄ばんでしみだらけだ。

試しに背表紙をめくると、昔の、貸出期限表と印字された紙がそのまま貼付けられている。

最初は昭和53年10月6日のスタンプがおしてある。

この「ヒトラーの遺産」が出版されたのは昭和46年だから、何枚目かになるのだろう。

それから13人の誰かが借りて14人目の返却期限は昭和55年3月13日とある。

それ以下は空白だ。

書庫に入れられてしまったのだろうか。


子供の頃、各週ごとにバスで連れていってもらった私立図書館で、借りたい本を、全部後ろのカバーを開いた状態でカウンターにもって行き、トントンと次々にスタンプを押してもらったことを思い出す。


小学校の図書館では、私がはまっていた、ナンシー・ドルーという名前のアメリカの女子大生が主人公の、探偵小説シリーズを借りると、私が憧れていた男の子の名前が既に書かれていることに、微かな親近感と喜びを覚えたものだ。彼の名前は、私が借りたいくつかの本に、既に合ったものだ。

保育園の頃から「がき大将」でスポーツマン、勉強もそこそこできて背が高い。
でも本を読むようにはみえなかったから、意外な側面を知ったつもりになったのだ。


今はバーコードスキャンやICチップで簡単に借りることことはできるようになったしブライバシーが守られて有り難いけれど、その本の辿ってきた歴史をかいま見ることが難しくなるのは、寂しい気がする。

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五木寛之の書庫に眠っていたけど、人間臭くて味わい深い本たち。

『わが憎しみのイカロス』『デラシネの旗』
『異国の街角で』
以上は文藝春秋
『さらばモスクワ愚連隊』『ヒットラーの遺産』
以上は講談社